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「北宋絵画を見る様なすばらしい山水。まさに絶品の作です。プライマリーな現代ではまれにみる東洋的な世界。すごいの一言につきます」
 山下誠一さんの写真展会場に置いてある感想ノートの言葉。

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山下さんの「妙義山」を撮影した数点の写真を見たとき、私も、実物を見たことはないが、中国の水墨画の全盛期の作として紹介されたものを思い出した。

具体的には台湾の故宮博物院にある范寛の「渓山行旅図」や郭熙の「早春図」などで、昨年秋に新潟絵屋でのセミナー「日本絵画の展開」で講師の武田光一さんが写真を映写し、中国絵画の頂点として熱く語られていた印象がなまなましい。

その写真の印象を言葉にすれば、細部にいたる精緻な表現に加え、暗部のトーンの異様な濃密さ、豊かさということになる。

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山下さんの妙義山の写真にもそれがある。
写真だから細部にいたるまで精密なのは当然だが、それに加えるに暗部のトーンのなんともいえない豊かさ。そしてカラー写真なのに、そのトーンのぶ厚い厚みに色が融溶して、暗さへ向かって目を深く差しこんでいくと、奥にそれ(色)がマグマのような状態でひそんでいることに気づく。

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ある写真ではその暗部に、ほとんど筆で墨を散らしたとしか思えない斑点が見える。
別の写真では与謝蕪村の「夜色楼台図」のように、墨の上に白いなにか(胡粉?)を散らしたような部分もある。
目を近づければ近づけるほど、写真的な精密と絵のような濃淡の形に出会う。

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最初期の写真家タルボット(トルボット)は、カメラを通して現れる画像に驚嘆して「自然の鉛筆」とそれを読んだという。

山下さんの写真を見ていると、写真は「自然の墨筆」だ! と思えてくる。          (O)


八木なぎささんと話していると、
その声の平らさに気持ちが穏やかになっていく。
八木さんの以前の絵は、火山が煙を吹いていたり、強い色彩もあったりと、
けっこうドラマチックだった。

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近作のリトグラフの作品は、左右対称の<鏡のなかの風景>という言葉が浮かぶような、細長い画面が多い。
昨夏の東京ではそのような作品だけで構成したということだが、
今開催中の新潟での展示では、その対称の片割れだけでひとつの作品となったものもある。

鏡のなかの風景から、その鏡をそっと外したような感じ
と書けばいいだろうか。

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鏡は世界を映し
その平らで静謐な平面によって、熱い世界を鎮める。
目を近づけると、
仮想の箱のような空間に広がる、黒い霧の奥には、
やはり火山や波浪や地割れが起こっている気配が感じられるのだが、
それは鏡によって鎮められ、
またその鏡の撤去によって
宙に放り出されたような浮遊感を帯びている。


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絵屋の格子戸から差す、曇り日の光がゆっくりと薄れ、
消えていく。

穏やかな八木さんの声のなかに、
展示室が浮かんでいるような心地がする。

(O)





食べもの、飲みもの、着もの、履(はき)ものという言葉があります。

「みるもの」は「見るもの」。

私たちの周囲は「見えるもの」でできています。「見えるもの」は、それだけでは、まだ「みるもの」ではありません。花を見、何かを感じた時、花は「みるもの」になります。
感じが「いい感じ」なら、それは「いいみるもの」。(「いい」は「きれい」「ここちよい」「おもしろい」という以上の意味を含んでいます。)
「美術」とは「いい見るもの」 となるべく、人の作る「みるもの」のこと。
「いいみるもの」には、場所を「よいところ」 にする力があります。(「よい」は「調和している」と「合っている」「いい雰囲気だ」という以上の意味を含んでいます。)

いい「みるもの」とよい「ところ」。それらを「いい」と感じる 「わたし」が歩いたレポートです。
# by niigata-eya | 2018-10-31 17:34


「風騒ぐ家の人々 詩人 会田綱雄・三好豊一郎と画家 齋藤隆展」


生まれて初めて会った新潟の人は、お茶の先生で、白根の出身だった。

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白根の酒蔵に生まれて、0歳で旭川の酒蔵の養子に入り、銘木店に嫁いで、帯広にやってきた。

知り合ったとき、先生はすでに90歳を超えていた。お弟子さんはほかにおらず、いつも二人きりで、お手前を習いながらたくさんの話を聞いた。

お妾さんもいた時代。


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先生の昔話は登場人物がいつも大勢いて、何度聞いても覚えられず、話題も時代も行ったり来たり。先生と一緒にタイムマシーンの絨毯に載ってビュンビュン移動しているみたいだった。

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稽古が終わると、私の運転で先生のお孫さんがやっているお蕎麦屋さんへ。先生はお蕎麦は頼まず、代わりにいつも生の中ジョッキを一杯。それはそれはおいしそうに飲んだ。

「安曇ちゃん、私が死んだらね、部屋中からビールの空き缶が出てくるんだから」と、冗談を言って笑っていた。

かわいらしいもの、きれいなものが大好きで、帯広を離れてからも、旅先で何か見つけるたびに先生に見せたくて、買っては送った。

毎回必ず、直筆のお礼の手紙が届いた。

その後、先生は施設に入り、少しずつやりとりは途絶えて、数年前に亡くなったと人づてに知らせが届いた。

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今回の「風騒ぐ家の人々 詩人 会田綱雄・三好豊一郎と画家 齋藤隆展」では、齋藤さんの強い希望により、展覧会のカタログを作ることになった。

そこに寄稿をお願いし、寄せられた、池井昌樹さん、寺原信夫さんの詩に、今まで見ないようにしていた、先生の不在を今更ながら思い知らされ、胸のど真ん中をつつかれ、泣かされた。

16歳のとき、遊びに来た祖母が帰るのにつきそい、もらわれてから初めて行った白根で見たことを、よく聞かせてくれた先生が、不思議な縁で今、私が新潟に暮らしていることを知ったら、何て言っただろう。

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逝ってしまった人と直接話すことは叶わないが、齋藤さんは、会田さん、三好さんがこの世を去ったあとも、遺された二人の作品と対話を重ね、糧にして絵を描き続けてきた。


正直に告白すると、今年の初めに展覧会の予定を聞いたとき、

渋い、、、

渋すぎる、、、

これ、若い人、来ないわ、、、と思った。


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けれど、作品の撮影で福島へ行き、齋藤さんの絵を間近で見た時、あまりの迫力に度肝を抜かれた。


何これ!!おもしろい!!!!!!と興奮した。


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それから、齋藤さんの宝物である、会田さん、三好さんの書や絵を見て、三人の交流の証を目の当たりにできることの幸せを思った。

きっと、几帳面で優しいお人柄だったんだろうなあと思わされる、三好さんのやわらかな書と絵。

全身で瞬発的に物事の本質をとらえ、その勢いごと絵に表したような会田さんの「佐渡」や「会津の印象」。

割り箸を半分削って筆代わりに書いた書。


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そして何と言っても、これらの作品を砂丘館という空間に展示した大倉館長の力量には、本当に驚かされる。

「展示はおもしろい方がいいですよね」という大倉さんがいるから、砂丘館の展示は何をやってもおもしろく、今回も裏切りません!


展示作業中の蔵に入る度に、「うわ!」と声を上げて笑ってしまうくらい、一体、いつもどこから閃きが湧いてくるのか、、、。


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砂丘館は、10月30日から12月9日まで「風騒居」となる。


チラシや写真だけではこの迫力は絶対に伝わらない。好きとか嫌いとかわかるとかわからないと決める前に、まず、この空間に身を置いてみてほしい。

会田さんの朗読にじっと耳を澄ませてみてほしい。

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先生には間に合わなかったけれど、私に「荒地派」の存在を教えてくれて、田村隆一の名前から、息子に「隆」と名付けた札幌の三宅さんに、このカタログを届けられることを本当に嬉しく思う。

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砂丘館で携わる最後の展覧会が、私の大切な人たちをつなぐ、「風騒ぐ家の人々」であったことを、心から幸運に思っている。


砂丘館は、月曜以外、朝9時から夜9時まで開館しています!

(あ)


風騒ぐ家の人々 詩人 会田綱雄・三好豊一郎と画家 齋藤隆



# by niigata-eya | 2018-10-31 16:55 | 砂丘館