2018年 04月 30日 ( 1 )

新潟に来て35年になる。
35年は長いようで、あっという間だった気がする。

たとえば坂口安吾(以下「安吾」と書く)のことを思うとき、その「あっという間」感は強い。
安吾はいつもすぐそこにいて、すぐそこにいるので、かえっていつまでも遠かった。

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どんなふうに、すぐそこにいたかと言うとーー新潟護国神社の安吾碑は新潟に来た最初に日に多分訪ねた(という気がする…少なくとも安吾碑は私の最初の新潟の記憶のひとつである)。

河内巽さんという新潟日報の記者だった方に佐藤哲三の話(河内さんは佐藤のことを「哲っちゃん」と呼んでいた)を聞きに行ったら、話がいつの間にか壇一雄(壇さん、壇さんと河内さんは言っていた)の思い出になり、壇さんは新潟に来るとどんな天気でも、まっすぐにタクシーを寄居浜へ走らせ、安吾碑の姿をした安吾に会うのだったと話した。

17年目に一緒に画廊を始めた仲間の一人、Mさんは、その安吾碑の周りでの飲み会に旅の途中で参加して、それが「新潟に出て」くるきっかけになった。

シネ・ウインドの斎藤正行さんが安吾ファンで、安吾の会というのがいつのまにか、その斎藤さんを中心に(たぶん)できたのを知ったり、映画「白痴」の製作の話を聞いたり(美咲町にすごいセットができたらしいという話など……映画は数年前にやっと見た)、Mさん(新潟に「出てきた」Mさんとは別人)ほかの画廊のメンバーも映画製作にあれこれ関わっていたことを後で知った。

安吾賞の創設が話題になっていたころ、市役所にいたSさんがそれに言及して、安吾は太宰や三島のような大作家ではない、安吾賞はだめだろうと言ったりするのを聞いた(しかし、やがて安吾賞は創設された…)。同じような評価は私が最初に働いた職場である市立美術館の当時の館長だったHさんも口にしていた記憶がある。
私の読んだ安吾の文章で、確実に記憶にあるのは「吹雪物語」と「不連続殺人事件」で、ほかも少しは読んだと思うのだが、はっきりしない。その記憶にある読書の心象ゆえに、SさんやHさんの意見にあまり堂々と反論する気持ちになれなかった。

安吾新日本地理はすごい!と言う人に会ったこともあった(で、すぐに読んだが、……やはり、あまり近づけた気はしなかった)。

「文学のふるさと」という一文は、加藤典洋の『日本風景論』所載の「新潟の三角形」で知り、新潟が<一高・東大>という近代日本のエリートの王道ではない道を通って、世間のてっぺんに突き抜ける道の登り口がある土地だという論に大変惹かれたりもしたけれど(佐藤哲三にそれを応用できる気がしたせいもあって)、そういう人の言葉を介して近づけたような気のした体験も、今にして思うと、気がしただけだったという気がする。

画廊(新潟絵屋)で個展を幾度もしてくれた書家の華雪さんは、やはり安吾を通って新潟のイメージを持った人らしく、「空が落ちてくる」という安吾の言葉を、新潟の空を見て思い出したと言った。その華雪さんが惹かれる安吾も興味深かったし、華雪さんに勧められて読んだ坂口三千代『クラクラ日記』に書かれた安吾の人間像は衝撃だったけれど、同時にますます不可解な人という印象も深まった。

安吾の関わる記憶は、かくのごとく、たぐってみると、まだまだまだまだあり、とても書ききれないーーそのどっさりの、全部のかたまりをもってしても、坂口安吾は、私には遠い人だった。

そういうことは、安吾に限らずとも、しばしばある。

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という次第で、その坂口安吾が敗戦の翌年に発表した短編小説「戦争の一人の女」は、まったくの未読であり、そういう小説があることさえ、私は去年まで知らなかった。
その存在に触れたのは、昨秋のりゅーとぴあスタジオBでの上田晃之演出の舞台に接したのが最初で、それと並行して、同じ小説と野村佐紀子の写真とを取り合わせた写真集『Sakiko Nomura: Ango』の刊行記念展の話があった。

演劇と写真集はなにかつながりがあるのかと思ったが、そうではなかった。

ともあれ、その記念展示(野村佐紀子写真展「Ango」)を、現在、砂丘館で開催中である。

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開催までの経緯については、このブログで「あ」さんが若干触れてくれたので、ざっくり省略させていただき(ひとつだけ、実現にあたって多くの方々からいただいたご協賛には心から感謝しています!)、安吾のことをここでは書きたい。

こういうことでもなければ決して読まなかっただろう「戦争と一人の女」を、読んだ。この小説あっての展覧会ということもあり、多分10回ほどは読んだ。数回読んだあとで「続戦争と一人の女」という同じ話を女の一人称で書いた短編があると知ったときには、驚愕もした。

結論を先に書けば、この小説を「繰り返し読む」ことで、やっと、坂口安吾に自分の足で一歩踏み出せたという実感が、今、自分にある。

その実感について書き出すと相当長くなりそうだ(そうでなくとも、ブログに書く文章としては、すでに書きすぎている)から、思い切って短く書くと、この小説は、小説(フクション)と実録の間にいわば宙づりになっている。

そこに入り口があった。

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数日前の読書会(展覧会の関連イベントとして開催)のあとの懇親会で、講師の上田晃之さんが、安吾は観念的な書き手でありながら、肉体の感覚で書いている人でもあって、だから再読・再再読をしたくなるし、それを言葉が求めてくると(という言い方ではなかったかもしれないが、そのようなことを)言ったけれど、つまりそういうことで、この小説には小説という虚構を頭で作り出そうとしていながら、その頭からはみ出てしまう、頭で割り切れない不可解な(肉体の感覚で書いている)部分がどうしようもなく露呈している。

その最たるものが「淫蕩な不感症の女」という存在で、文字だけで考えると、よく分からず、実際に物語を読んでも、それがどういうことか、最後までさっぱり分からない。そういう点で読者をわだかまらせる物語で、初読のときはそれが非常に不満だったのだが、しかし、<さっぱり分からないが現に存在する>というものは、現実にはままあるものだ。

つまり、この「一人の女」は、安吾が出会ったそういう現実の女であって、あるいはそういう女が、安吾の現実にあって、その現実を、女を、小説という虚構のまな板に乗せてさばいてみようとしたが、ついにさばきき切れなかったということではないかと考え始めたとき、初めて、近くにいて遠かった安吾が、ぐらりと自分に一歩近づいたというか、自分が安吾に一歩近づいたような気がしたのだった。

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この小説の女の分身は、「続戦争と一人の女」だけではなく、少しあとに書かれた「私は海を抱きしめていたい」や、小説というよりは自伝的エッセイともいうべきもののひとつである「二十七歳」にも出てくる。

私はその後、娼婦あがりの全く肉体の感動を知らない女を知ると、微妙な女の肉体とあいびきするのが、気がすすまぬようになった。/娼婦あがりの感動を知らない肉体は、妙に清潔であった。私は初め無感動が物足りないと思ったのだが、だんだんそうではなくなって、遊びの途中に私自身もふとボンヤリして、物思いに耽ることがあったり、ふと気がついて女を見ると、私の目もそうであるに相違ないのだが、憎むような目をしている。憎んでいるのでもないのだけれども、他人、無関心、そういうものが、二人というツナガリ自体に重なり合った目であった。(「二十七歳」)

この女が、小説「戦争と一人の女」では浮気癖があり、淫蕩な性分だと描写されるのだが、興味深いのは、その女が自分の肉体をオモチャと感じ、それを男にいじられるのが楽しい(自分を「かわいがってくれる」と感じる)と小説では書かれていることで、「二十七歳」の女の場合、そこまでは言及されていないが、この小説の魅力(の一端)は、実はそのような女の「感じ方」にあるのではないだろうか。

それを詳述し始めると、長くなるので、省略して、今回の写真展でのことに触れると、野村佐紀子さんは新潟での写真展が決まると、3月の初めに実際に新潟に来られ、あらかじめ連絡をつけていた4、5人の女性(うち、ひとりは新潟に来てスカウトした人)をモデルに、新作の撮影をしたのだけれど(今回の新潟展ではそれらの新作も追加展示されている)、そのモデルの一人がたまたま私の見知った人だった。その人に野村さんに撮影された直後、声をかけ、話したとき、彼女は上気した顔で「一生分褒めてもらった気がします」と言った。


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撮影者と被撮影者をセックスする男女に重ねるのは、必ずしも適切ではないかもしれないが、人と人が、たったふたりきりで行う行為ーーという切り口で見るならば、それらは同じ地平にあるとも言えるだろう。セックスには<対等>という原則があり、その原則が崩される程度に応じて、そのセックスは「汚い」ものと見なされるーーという現象が一般にはある。

<対等>なセックスが「真実」であり「正規」であるなら、不感症な女と性交し、自分だけが性的興奮を感じている状態は、その基準に比して偏差を持つ状態=「虚偽」「非正規」ということになる。小説の主人公野村は、自分たちのセックスが、女の不感症ゆえに真実でなく、正規でないことに不満足を感じ、汚さを見る。

しかし、考えてみれば、そもそも人が本来一様ではないのだから、ふたりで行う共同行為が、双方から見て、鏡像のように対称であること、あるいはそのようであることが真実・正規だと見なすこと、それ自体が、実際は不自然だと考えるべきではなかろうか。

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写真の撮影者とモデルは、最初から非対称だ。

撮影者はカメラを通して見つめるモデルの身体に写真家的快感を感じるだろうことは容易に想像されるのだが、モデルの方もまた、カメラに見つめられることに快感を感じるとしても、それは撮影者の快感の鏡像ではありえない。
それでも「一生分褒めてもらった気」のする感情経験と、撮影者の撮影に伴う興奮とが、現に同じ時空で生起したということが、撮影者とモデルそれぞれの記憶に共通に残るのだとすれば、そのような経験は、対称関係にないセックスに重ねられるだろう。

「あなたは私を可愛がつて下さつたわね」
「君は可愛がられたと思ふのかい?」
「ええ、とてもよ」
 …
「僕は可愛がつたことなぞないよ。いはば、ただ、色餓鬼だね。ただあさましい姿だよ。君を侮辱し、むさぼつただけじゃないか。君にそれが分からぬ筈はないぢやないか」

という会話の、ことに男(野村)の言葉は、対称でないセックスは相手を「侮辱し」「むさぼる」ものだという世間の定型思考に、両者の経験をはめこむとそうなるということなのだが、それに返して女は

「でも、人間は、それだけのものよ。それだけで、いいのよ」

と、言う。

この言葉が「現実の女」の口から現に発せられたものか、安吾の「小説の側(=虚構を生成する時間)」から突き出してきたものかは、にわかに定め難い。
別に定めなくてもいいのだけれど、それが気になるのは、この言葉が「一人の女」の言葉のようでもあり、そうでないようにも思えるからだ。
そうでない気がするのは、「人間は」という主語をこの「一人の女」がはたして口にするものだろうか…と素朴に疑問に思うからであり、そのようにも思うというのは、共通だが非対称な経験を、しかし非対称ゆえに否定的に見ようとする男の視点への不同意は、体をオモチャにされることを「可愛がられる」と感じる側からするならば、自然なことだと思うからである。

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この「自然」は、しかし、幾分は安吾自身の分身とも見える野村という男性でさえ、逃れ得なかった当時の(あるいは現在もそうであるだろう)世間の定規を当てれば、自然とはみなされない。けれど戦争末期の、空襲が常態化した日々は、その世間の定規そのものを無効とは言わずとも、ほとんど使用差し止めの状態に追いやってしまったのであり、ここで描かれる戦争は、そのような、極めて語られにくい、現実の戦争において生じた一面(現象)だった。言い方を変えるなら、非戦時における「愛の対称性」への現実の世間の執着は、それほどまでに、この時代の、この国では、強度を持ち、変更や偏差を許容しないものだった。

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女の裸を女が撮る。その撮る女は、男の裸を撮る写真家でもある。


世間的思考における愛の対称性は、表現の世界に引き寄せて見るならば、明らかに非対称性が幅をきかせていた時代のものでもあった。

会場の写真の女たちを、そして野村佐紀子の写真集の、美しい裸体を開く孤独な男たちを見つめていると、現実の女の「肉体の残像」を、昭和21年の言葉に刻印した安吾の、切迫し乱れた息遣いが、すぐ耳元で聞こえる。
                                          (O)

野村佐紀子写真展「Ango」
5月13日まで砂丘館にて開催中

*補記
以上の文章を読み返して、誤解を与えかねない部分があると気づいたので、補足を書く。
「鏡像・対称関係にないセックス」という表現は、両性の同意に基づかない、あるいは基づいても金銭の授受がなされるような行為も含まれる可能性があるが、ここではそういう関係を含めたつもりはない。「戦争と一人の女」の野村と女のそれは、小説では、野村がかなり乱暴に女を扱うという場面においても、両性の合意に基づいた行為として(微妙な感じもあるけれど、一応)書かれている(ただし「私は海を抱きしめていたい」の女では、違う描写がなされるーーその点で「戦争と…」の女とは異なる印象を与える)。少なくとも引用した(その前後も含む)ふたりの会話からは、そう読み取れる。
ここで注目するのは、意志の点では互いに了解したものでありつつ、一方が性的快感を感じ、他方が感じない(しかし「可愛がられている」という実感は感じる)ことを、男が非対称と感じ、それゆえに非真実=「汚なさ」を見てしまうのに対して、女はそうではないという、二重の非対称性である。
後者の非対称性は、前者のようなそれが、小説が書かれた時代・社会での性に関する一般通念のなかでは、まだ位置を持っていない(ゆえに「戦争のメチャメチャ」に惹かれて女と一緒になりながら、ふたりの関係に男の側が安定を見出せない)ことを示すのだが、前者のような非対称が現実には存在し(そのことを、安吾の「頭」ではなく「肉体」が直覚し)、そしてそのような非対称の存在が呼吸できる場所が「空襲国家」と安吾が表現した一時的時空において、偶発的にであれ出現しえたということを、この小説を「書こうとした(ただし十分には書ききれなかった)」安吾の意志と行為が示唆しているーーと、受けとったとき、安吾に近づけた実感を私が持ったということである。





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