「屈折だけが取り柄のオレ」にノックアウトされた私の感想

ペドロ・コスタ監督の映画「何も変えてはならない」は、フランス人女優の歌手活動を追ったドキュメンタリーで、アルバム制作のスタジオの場面に、プロデューサーなのかギタリストなのか、小太りのおじさんが出てくる。




おじさんが出ているのはほんの数秒なのに、「あ、私、この人が死んだらすごく悲しい」と思った。おじさんのことは何も知らないのに、妙な感想だけれどそう思った。稀にそういう人がいる。  


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渡邊博さんもそんな一人だ。「新潟絵屋・砂丘館の回顧展に載せるオレの回想」を読んで、ほんの数回メールをやりとりして、そう思った。 さらに、「オレの回想」の前半は、30代で放浪した北海道、しかも道東での出来事について書かれており、道東出身の私は驚き、一気に親近感を覚えた。


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個展のチラシに使用する絵の撮影のため、「息子を抱く自画像」と初めて対峙した。1969年に描かれた絵から発せられる熱量に気圧され、“生”の絵が発するエネルギーのすごさを思い知った。そして、道東出身のロックバンド、eastern youthが、佐伯祐三さんの「立てる自画像」をジャケットに使ったアルバムを思い出し、誰かが渡邊さんの自画像と出会い、絵に負けないかっこいいアルバムを作って、そのCDがいろんな人に届けばいいと思った。ぎゅっと拳を握るくらい強く思った。


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草餅のような「沈思を厭う」と桜餅のような「挑戦する黄泉」を受付に並べて掛け、二階座敷に展示している佐藤家の雛人形みたい!と喜び、応接室に掛けた「やさしい斑紋」が部屋の雰囲気にとてもよく合っていることにまた喜ぶ。控え室の「圓變」と座敷・床の間の「着飾ったせいきまつ」はなんだかガンダムみたいで男子が好きそう、と渡邊さんには言わないほうがよさそうなことを思いながら、いよいよ展示作業はギャラリー蔵の二階へ。


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2013年に描かれた「行く末」、2017年の「懊悩」の前に身を置いたら、これまでの感想が吹っ飛んでしまった。 渡邊さんがテーマに用いた今昔物語集も往生要集も読んだことがない。けれど、渡邊さんが内面へ深く潜り、旅して、目の前に差し出してくれたものは、私の立っている地平の延長線上にあると思った。





渡邊博という人の、壮大な旅路とそこから持ち帰られた風景に触れ、絵を初めて見た夜は、興奮のあまり、歩きながらうれし泣きしていた。そんなことは久々で、生まれて初めて展示作業に関わった個展が、渡邊博さんの回顧展であったことを、本当に幸運に思っている。 (あ)


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by niigata-eya | 2018-02-23 21:57 | 砂丘館 | Comments(0)