自己宙に潜る【梅田恭子展 ツブノヒトツヒトツ】
…この上のほうは陽性、あるいは世間的には積極性と言ってもいい。
外向的で、自意識が強く働く世界です。ラインの下側はそれとは逆の陰性の世界。
消極性であり内向的で、こちらはいわば無意識につながりがちとも言える。
この両方は誰の中にもあるんです。どっちが優勢かというだけです。
社会に出て会社なんかの組織に入ると、一般的にはこの上のほうの性質が尊重される、というか奨励されるでしょう。
「お前、もっと人と付き合えよ」とか「もっと陽気に、活動的にやろうじゃないか」
とかね。
ふつうどんな人間にも陰性と陽性と両方あるんです。ふだんは…はっきりと理解したり、自覚したりはしないだけなんですね。
なぜかというと、社会に出て働いている時期には、たいてい意識は外に向いているからです。
他人にどう思われているのかとか、こうしたら徳になってこうしたら損をするとか、自意識が外に向いているのが普通なんですね。
ところがどんな人でも、たまには自分一人でいたいなと思うときがあったりする。
あるいはたまには自然のなかに一人入ってみたいとかね。
そういうときには心の下の部分が働いているんです。
それを無理やりずうっと押し殺していたりすると、心がアンバランスに陥ってノイローゼになったりするんですね。
この上と下というのはどちらが良い悪いではない、バランスの問題なんですよ。…
―引用『タオにつながる』2003年,加島祥三
砂丘館でとりあげる作家や作品に、ある一つの方向性があると気づいたのはいつの頃だろうか。
ずいぶん前のことになるので忘れてしまったけれど、
うまく言語に直すことができるのだとしたら、きっと上に述べられているような<内向性=無意識>を主体としたものなのだろう。
そのような、ひとりひとりが過ごす世界・時間のことを、梅田恭子さんは「自己宙」と呼んだ。
ひとりひとりの人間の存在は「粒」。
昨年、砂丘館で開催した梅田恭子展「ツブノヒトツヒトツ」はその、梅田さんという「粒」のサンプルなのだという。
自己の中の奥深くとつながること。
そこを開かされるような発見や探求を、どのような形でか、目に見える作品や事象にあらわす事。
時代や場所も超えて、奥深くでつながれるような作品は、
奥深くへ潜った場所からしか生まれて来ない。
―そのようなことを、梅田恭子さんの「自己宙」という言葉と、
ツブノヒトツヒトツという作品に出あってからこの一年、ずっと考え続けていた。
梅田さんにはあの個展のあと、どのような変化があったのだろう。
梅田さんのあたらしい世界にまた会える。
(小)
【終了しました】梅田恭子展 ツブノヒトツヒトツ
2016年 2月16日(火)~3月21日(月・休)
9時~21時 休館日:月曜日(3/21は開館)
会場:砂丘館ギャラリー(蔵)+一階全室
主催・会場:砂丘館