1/22-30
渡辺富栄日本画展がはじまりました。
長く日本画を描いて来られた渡辺さんですが、中でも、働く人を描いた作品に大きな魅力を感じた絵屋の小見秀男が、今回の展覧会を企画しました。
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土壁の作品 左「船を造る人々 掃海船建造・新年仕事始め」2011
右「船を造る人々 チームワーク」2012
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「船を作る人々 甲板補修」2007
下はそのデッサンと下絵
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今回は下絵やデッサンも展示しております。
渡辺さんは、こんな風に舞台裏をお見せするようなことはして来られなかったそうですが、私たちのみるひと目線のお願いを受け入れて下さいました。
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左・「船を造る人々 陸揚げ点検」2016
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「船を造る人々 塗装」2011
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そして、椿や牡丹、静物なども。1989〜2012年の作品です。
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「少女」1989

長い画歴の中で、船を造る人々のシリーズのはじまりは約20年前に遡ります。
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1/23には新潟日報さんの取材を受け、翌日に掲載されました。
記者のWさん、ありがとうございます。

今日は、とあるお客様から「新潟県民手帳」を見せていただきました。
手帳のはじまりに、渡辺さんの絵が。
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ギャラリートークではいろいろお聞きしたいと思います。

ギャラリートーク 1/25(水)19時〜 
渡辺富栄×小見秀男 司会:大倉宏
500円/申込不要

(I)



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# by niigata-eya | 2017-01-24 11:34 | 今月の土壁
1/8-18
2017年最初の展覧会は、昨年「絵屋便」(新潟絵屋の案内状)で表紙絵を連載していただいた小林春規さんの個展です。
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「初冠雪」
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「日の出」
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「雪の夜ー古町ー」「猫柳」
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「春の海」「雪の夜ー古町ー」
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「晩夏」「灯明」「天の川」「早苗田」
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「雨」「晩夏」
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「初冠雪」「破蓮」「居酒屋」「雨」
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「居酒屋」は、絵屋のお近く、こんぴら通りの新ことりさんです。
やきとり、おでん
のところ、ほのかに赤みがさしています。

そして、京都の景色16点。
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川面の近影

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実は、今回、京都の景色は2002年〜2017年までの1点ずつを展示しています。
春規さんは、学生時代と表具の修行で、長く京都で過ごされました。
故郷の新潟へ移ってからも、京都は折々で絵のモチーフになってきました。
展示では季節を巡る風に並べてみましたが、ここでは、2002年から2017年まで順番に並べて、春規さんに流れた16年を辿ってみます。

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「野菜売ー鷹ヶ峯ー」2002
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「暮雪ー八坂ノ塔ー」2003
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「雪の鞍馬街道」2004
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「高瀬川 一之舟入」2005
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「石蕗ー圓徳院ー」2006
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「除夜の鐘ー知恩院ー」2007
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「初雪ー湯波半ー」2008
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「顔見世ー南座ー」2009
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「光悦寺ー鷹ヶ峯ー」2010
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「鴨川ー三条河原ー」2011
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「疎水の春ー哲学の道ー」2012
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「先斗町歌舞練場」2013
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「紅葉ー真如堂ー」2014
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「山門とタワー」2015
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「八坂ノ塔ー法観寺ー」2016
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「大楠ー青蓮院ー」2017



















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# by niigata-eya | 2017-01-18 15:06 | 今月の土壁
1月の砂丘館が遠藤龍とleによるユニット、mikkyozの<映像+音響>を蔵の2階で「展示」するようになって、6年になる。

去年もよかったけれど、今年のそれは、個人的にぐっときた。

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個人的に、というのは去年の後半、昭和46年刊の『低湿地』(籠瀬良明)という本を古書で求めて読みふけり、低湿地関連の記述をインターネットでずいぶん検索し、その後では河岡武春の『海の民』(昭和62年刊)なども読み、振り返ってみると、水をめぐって読書し、あれこれと思いをめぐらした数ヶ月があった。

その経験が、出だしから呼び覚まされた。

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じりじりという音とともに現れる水面。
水たまりのある野道。
すすきの広がる原っぱ。

明らかに低湿地の気配が濃厚な映像が続き、急に疾駆する窓から見た新潟の夕空に切り替わり、その後は動く窓からの主に都市の映像(フロントグラスは雨で濡れている)と自然の映像が交錯していくのだが、全編に濃厚な水の気配が漂い続ける。

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気配どころではない、川や川岸や雨や水たまりが次々と現れて、夜の人工照明が渾沌と入り乱れる映像を経て、最後は……

これから見る人もあるだろうから、はっきりとは書かないけれど、終わったあとに、(リピートするので)また灰色の壁に最初の水面が幻影のように現れる。


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冬の暗夜の風のようにも、休みなく操業し続ける工場のうなり声のようにも聞える音が、水のイメージから遠いようで、映像の水の匂いを、なぜか際立たせるように感じられる。

水は、これまでのmikkyozの映像にも頻出してきた。
目新しいわけではないのだが…、今年のそれはすごくしみる。
これまでのものに比べると、コンピューター処理の技巧が見ていてあまり意識されないこととも関係があるのだろうか、などと考えるけれど、よくは分からない。

以下は映像の説明ではなく、この映像から呼び覚まされた私の感懐だが、新潟の土地=平野はかつては水であった。海であった時代があり、砂丘の堰に塞かれて無数の潟が広がった時があり、それらが広大な田園に変わり、次いでその田が埋められて、町に、都市になった時代があった。
その一連の経過を<水との闘い>と呼んだ人もあるけれど、本当に、ほんとうに、人は水と闘ってきたのだろうか、という疑問が、
このところずっと頭を離れないのだ。

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これ以上書くと、mikkyozの映像+音から離れてしまいそうなのでやめておく。
けれど、水の映像絵巻の続く蔵の2階に身を置いていたら、なぜか、答えの容易には見つからないその疑問へ、力強く連れ返されるとともに、

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それに立ち向かう勇気を、吹き込まれた。                        (O)

特別展示  mikkyoz011 1月15日まで
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12/12-20

展覧会が終わってからも、水たまりに、雨の後のアスファルトに、夜空に、路端の暗がりに、七里さんの絵を見つけたような気がして立ち止まることがあります。
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七里さんの絵を眺めていると、目が絵になじんできます。
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作品には、
「Like all the same」「夜の底」「闇夜の波間」「あえかな皮膜」「滲むもの」「儚い膜」「serenity」というタイトルが付けられていました。
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「Like all the same」は、
宮澤賢治の『春と修羅』の序にあった
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)
という一文に由来しているそう。

ギャラリートークでは、七里さんが描きたいものの具体的なイメージをお聞きしました。
実在する風景の、とある非常に限定的な部分について静かに熱く語ってくださいました。
そして、抽象に見えて実は具象であったということが、七里さんのお話から次第に明らかになっていきました。
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七里さんは銅版画も並行して制作されています。
今回は、新作の銅版画を展示ではなくファイルでご覧いただけるようにしました。
*ここに写真は載せておりませんが、銅版画の新作は、七里さんのホームページ<Gallery 2016>にてご覧いただけます。ご希望の方は新潟絵屋までご連絡ください。

トークで明らかになったことのもうひとつは、油彩と銅版画の一見異なる世界が、底のところではつながっているということでした。
大倉の運転で聴衆とひとつの潜水艦に乗り、七里さんの底の方へ下って行ったようなひとときでした。
(I)











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# by niigata-eya | 2016-12-31 00:00 | 今月の土壁
熊猫
は、中国語でパンダのこと。
熊猫的故事はパンダのものがたり。

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 瞽女(ごぜ)小林ハルやハンセン病の詩人桜井哲夫の顔を、克明なリアリズムで、皺のひとつ一つまで描く鉛筆画家木下晋(すすむ)。

 1年ほど前、その木下が、パンダの絵本を製作中と聞いたときは驚いた。

 パンダ=かわいいというイメージと、彼の絵が、あまりに異質に思えたからだ。

 しかし、こちらがあっけにとられている間に、木下は中国四川省で見たという野生のパンダについて、熱く語りだしていた。
 

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 パンダは絶滅危惧種と言われている。

 しかし、本当に絶滅危惧種というか絶滅していいような存在が人間で、その人間がパンダをかわいいと感じるのは、人類に与えられた救いではないかと自分は思う。

 ???

 最初、意味がよく分からなかった。

 得心がいったのは、彼が実際に中国で出版した絵本『熊猫的故事』の原画を砂丘館で展示し、改めて詳しく話を聞いたときだ。


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 パンダは二頭の子を産むことがある。

 すると母パンダは迷わず、一頭を捨てる。捨てられた子は死ぬ。
 残ったもう一頭をかわいがって育てるが、その子が一歳半になると、とつぜん母は立ち去ってしまう。

 氷河期を生き延びたパンダは、かつては肉食だった。

 しかし厳しく長い時代を生き継ぐ間に、他の生き物が食べない竹を主食とするようになった。
 栄養価の低い竹は大量に摂取しなくてはならず、一頭が生きるには広大な面積が必要になる。
 
 母に去られたパンダは、その広い縄張りで 孤独に生きる。

 そのようにして、限られた広さの世界と、パンダは折り合って生きる。

 その生態は、長い歴史の中で、パンダが身につけた智恵だった。


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 パンダの白黒模様は、ほかの動物には恐怖を与えるという。

 それは孤独で穏やかな(熱量を無駄に消費しないようパンダはよく眠る)この生き物を敵から守るために、自然が与えた異形なのだ。

 一方人間は、自然界で生きうる数十倍もの数が、この地球に生息するようになった。
 それを可能とするため、文明はあれやこれやを強引に考えだすが、そのあれやこれやが、地球そのものを今や危機に陥れている。

 絶滅すべきなのは、人間のほうだ

 しかしその人間が、パンダをかわいいと感じるのは、パンダを鏡におのれを顧みよという声であり、救いのメッセージなのではないか。

 ――そんなことを木下は語った。

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 このパンダの野生の生態と人間との交流を描いた絵本の原画を、蔵の2階に展示した。
 
 1階には4メートルの高さをもつ大作「懺悔合掌図」を床に置き、木下が3年前に出した2冊目の絵本『はじめての旅』の原画を壁に並べた。
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 この絵本(『はじめての旅』)の内容がすさまじい。

 幼年時、木下の家は火事を出し、家族が崩壊する。母は子供たちを置いて家を出る。
 あるとき、少年木下が一人で家にいると、その母があらわれて一緒に行くかと誘う。二人は野宿しながら、富山から奈良までの長い旅をする。

 行き先は母の最初の夫の墓だった。

 現実にあった過酷な旅の記憶を、木下は長く失っていたが、映画「砂の器」のラスト近くのシーンを見て既視感を覚え、思い出す。

 その話を福音館の松井直に話すと、絵本にしましょうと言われたという。

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 2冊の絵本が、どこか鏡像のように思えたのは、展示をしていたときだった。

 木下の母が子を捨てたのは、パンダの母とは違う理由だったかも知れない。
 しかし母パンダも、子を捨て、子から去る理由を自分でも知っているかは分からない。

 同じなのは――母に去られる子の気持ちだ。

 絵本で子パンダは母を探し、見つけるが、その母は雄パンダと恋愛中で、二頭の交尾を見、なにごとかを悟って去る。

 絵本はそのパンダの心に、寄り添っている。

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 『熊猫的故事』の文(中国語)は中国生まれで、福音館のベテラン編集者である唐亜明(タン・ヤミン)が書いた。

 その唐と木下によるギャラリートークの最後に、私がその感想を語ると、木下は自分は2冊は別だと思っていたと前置きしながら、突然母を語りはじめた。

 後年木下は母と暮らすが、昔年のわだかまりから、その母に辛くあたり、暴力さえふるってしまう。

 しかしある画家から、その母の絵を描くようすすめられ、描く。

 その過程でモデルと自然に話をするようになったが、そのようにして母と向き合った時間があって、
 今の自分がある。
 
 そう思う、と。




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 「風」と題された、若い女性をモデルにした最新作が、展示直前に出品作に加えられた。

 感動した。

 子を捨てた母を、まるでその子が、自ら意志と力で産み直したかのような瑞々しさ。
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12月18日まで






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