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5/22-30
広田郁世さんの「風景」11点。
知っているような気のする風景。
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ずっと見続けていても、日が暮れない。
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ずっと見ていられそうに思う。
ときが過ぎていく。
(I)

作家在廊日:5/30
5月30日(土) 秋葉小夏2015 ツバメコーヒーブース「てつがくをはぐむ」に、 大倉宏と参加予定です。
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by niigata-eya | 2015-05-22 22:33 | 今月の土壁
5/12-20
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土壁の作品:「MR.Hutto(フトー氏という人物について)」2015年 油彩/キャンバス 
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左→右
「Gaman(我慢について)」「Always Spring after the Winter」「The Sky Can Never Find a Cloud That Fits」「Shangri-La」「Say in Silence」
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「Shangri-La」近影
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▲「Always Spring after the Winter」「The Sky Can Never Find a Cloud That Fits
」「Shangri-La」
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▲「I Became a Pilgrim to a Thousand Years Ago, There Lie Upon the Soil of the Poetry」
〜私は巡礼者となり、その果てに詩が眠る1000年をさかのぼる
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▲「Seed in the Heart(全て心から)」2015年
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▲「One And Only Force(ただ一心で)」2014年

5/15(金)18:30- 堀川久子踊ル
500円/申込不要
終了後、小林久子、堀川久子両氏を囲んで、ささやかな会を開きます。

はがきにした「音のない言葉」は、漆喰にある「Say in Silence」とは異なる。
はがきやホームページに掲載の作品は2008年で、「Say in Silence」は2014年作。
(I)
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by niigata-eya | 2015-05-14 14:08 | 今月の土壁
5/2-10
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輪郭というものに見入った。
質感から広がる想像。

器というと、なにかを入れる機能を持ち合わせていることが多い。
なにも入れなくても、ただ置いた、それだけの景色に「も」美しさがある。

中村さんの場合は、そのような機能をあらかじめ削り落としているので、
そこに何かを付け足して想像するのをやめてみる。
そうやってシンプルに見つめてみると、フィルターが剥がれるような感じで
造形の美しさが自ずと見えてくる。
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絵にも器。器の輪郭は塗り残した部分だという。
到底、絵の器には、ものを入れることはできない。
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(I)
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by niigata-eya | 2015-05-05 14:53 | 今月の土壁
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それはどの絵にも言えることかもしれないが、
堀内康司の絵の真の魅力は、情報や画像(イメージ)を“流す”ようにしか見ることのできない人には、
けっして理解することができないだろう。

展示作業の日、昨年の3倍という猛烈な飛散量のおかげで、O氏もわたしも花粉症真っ只中。
片時もティッシュケースを手放せないせつないだるさの中、堀内康司の絵を飾った。

心身が弱っているときは、絵がよく見える。
きりきりとした深い孤独。
切実さ。

思うように体も動かせず、人並みのこともできないから、
動かない体のなかで生身のこころだけが、ぜいぜいと、かろうじて生きているような感じで、
手に取るように自分のいのちやこころの形が見える。

そんな状態で絵の前に立つと、
描いた人と見る私、ひとりの心とひとりの心が向かい合う。

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スポットライトを当てられた「無題〈花〉」をはじめて見たとき、
キャンバスにつきつけられたナイフの跡が浮かび上がって、
「リストカットのようですね」という言葉が思わず口からこぼれた。

堀内の線はこの線だったのか。

リストカットは生きるためにするのだという。
自死するためではなく、生きていることを実感するために。
流れていく血と痛む身体のあることを実感するために。
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堀内康司はとても明るい人だったのだという。
画集にうつる写真にも親を亡くした寂寞さよりも、開放感のようなものがひょうきんな笑顔ににじむ。

けれど堀内康司が絵の中に描きつけた線は生きていくための線。
わが身に受けた孤独と苦しみを、吐き出し、押しのけ、生き抜くために絵を描いた。描かずにはいられなかった。

そんなように、思わずにはいられない。

30代はじめで筆を折った堀内康司。
周りのひとには見せなかった想いを、絵だけは知っている。
病み上がりの身体にはその想いががよく伝わる。

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―「絵は初々しい境地が描かせるものか?」

孤独すら、大量に流れる情報で処理される時代に、
見る人の眼にその絵はどのように映るだろう?

(小)


忘れてはならないひとがいます
堀内康司展

2015.4月17日(金)~5月24日(日)
9時~21時 休館日:月曜日(5/4は開館)、4/30、5/7・8 
会場:▶
砂丘館ギャラリー(蔵)
+1階全室
観覧無料


発売中!
『堀内康司の遺したもの』(求龍堂)3,240円
2011年の没後、知人らの尽力により刊行された遺作画集。
会場で手に取ってご覧下さい。
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by niigata-eya | 2015-05-04 16:38 | 砂丘館