2017.5①斉藤文夫写真展『海の村 山の村』

5/2-10
e0138627_21144060.jpg
「浦浜の老漁師」
1971年(昭和46年)旧巻町浦浜
浦浜で老漁師に出会った。(語り 斉藤文夫/聞き手 ブリコール
e0138627_21150284.jpg
海の村は、旧巻町 浦浜。
日本海に面する、角田山麓の海辺の村。
1955年に旧巻町に編入され、現在は新潟市西蒲区五ケ浜と呼ばれる。

定置網やタコ漁、出稼ぎ、塩づくり等で生計をたてたが、
昭和から平成にかけ過疎・高齢化が加速。
漁業は行われなくなり、学校も閉鎖。
今は茅葺屋根にトタンをかけた古い民家がぽつりぽつりと建つ。
e0138627_21153673.jpg
「カイを持つ船頭」
昭和40年代 旧巻町浦浜
浦浜の定置網漁は数人で漕ぐ船で沖に出る。老船頭がカイで舵をとる。

ほかに、日蓮と縁のある創建700年の寺院・角田山妙光寺や地域に残る御判行列の記録、小学校の入学式、網の修復をする漁師の写真等。
e0138627_21160894.jpg
e0138627_21141291.jpg
「豆腐の配達をする娘」
1971年(昭和46年)旧巻町浦浜
浦浜の唯一の商店「浜の屋」。娘さんがナベに入れた豆腐を配達しに行っていた。

e0138627_21163687.jpg
一方、カラー写真は、山の村。
三条市の東端、福島県に接する旧下田村に流れる五十嵐川(信濃川の支流)、
その上流に2つの集落「大江と大谷」があった。
e0138627_21170218.jpg
左「山菜とり」1977年(昭和52年)5月 大江
中央「川に飛び込む子供たち」1978年8月 大谷
右奥「谷間の家」1977年 大江
e0138627_21172356.jpg
「花を供える人」1978年8月 大江 
土葬されたお墓に花を供え、手を合わせる女性。
埋葬された人はゆっくり土に還って行く。
e0138627_21174589.jpg
左端「生徒一人の冬期分校」1977年(昭和52年2月)大江

昭和42年にダム建設計画が持ち上がり、村は移転補償条件を受け入れた。
昭和54(1979)年に全46戸が山を下り廃村。
現在は両集落のいずれの場所も、ダム湖「ひめさゆり湖」に沈んでいる。
e0138627_21181002.jpg
左・海の村「浦浜海水浴場」昭和40年代
中央・山の村「ゼンマイ揉み」1978年(昭和53年)5月 大江
右 ・山の村「ウグイスが鳴く山の村」1974年(昭和49年)大江
e0138627_21362285.jpg
会話がはずむ展覧会でした。
連日賑わい、展示室の記録写真を撮れたのは、最終日の終了2時間前。
テーブルに置いているのは、作者がまとめたアルバムです。

出品作品の前後する時間や周辺の記録は、ブリコールさんの手で写真集にまとめられています。写真「集」と写真「展」とで、同じ場面でもコマが違うものがあります。
ブリコールさんは、写真展の29点を、より作者の存在感がないもの、直接写真と見る人がつながるようなコマを選び、時系列ではない順番で空間に配置しました。
作者の目とともに、そのような展示をつくる人の目を見るのも面白い展覧会でした。
e0138627_17124460.jpg

5月3日のトークイベントは、大変盛況でした。
中央:斉藤文夫さん 
左:聞き手をお願いしたブリコールの桾沢厚子さん

被写体の旧下田村大江・大谷集落へはバイクで通われたそうです。当時を振り返り、
「なんだって、(写真を撮るのが)面白くて仕方なかったんだて」
と、斉藤さん。独特の語り口から引き出される笑いもあり、会場は終始和やかでした。
現在、ブリコールさんは、斉藤さんの地元西蒲区に通い、親交を深めています。作品と作者を切り離して考えてきた大倉は、この関係性をとても新鮮に映ると話していました。
(I)

写真集はひきつづき新潟絵屋で取扱っております。
e0138627_17430568.jpg
2017.4.29
昭和の日に刊行された新作写真集
2000円
編集 Bricole (ブリコール)
4枚綴のポストカードもあります















[PR]
by niigata-eya | 2017-05-10 22:01 | 今月の土壁